2007-05-24 [長年日記]

_ [] 『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(佐藤優,新潮社)

国策捜査と外交がこれほどおもしろいとは。あくまで冷静で写実的な描写と分析の鋭さにただ脱帽です。

国策捜査は「時代のけじめ」をつけるもの。本件の場合、「ケインズ型公平分配路線」から「ハイエク型傾斜配分路線」へ、および「国際協調主義的愛国主義」から「排外主義的ナショナリズム」へという政策の転換を容易にするため、鈴木宗男氏がターゲットにされたと著者は分析する。そして冤罪ではなく、犯罪か否かのハードルの下げることにより犯罪を作り上げていく特捜のテクニック。「特捜に逮捕されれば、起訴、有罪もパッケージ」という国家の強さを思い知らされる。

著者は否認し、反省していないにも拘らず、執行猶予が付けられた。裁判長は、「対ロシア外交等への思い入れの強さが事件を引き起こした」という。思い入れの強さが、特捜の設定した犯罪のハードルを超えてしまったという論理構成に、個の限界を見る。

日本政府の北方領土に対する法的立場やイスラエルにおける旧ソ連諸国からの移民の重要性を熟知し、国益を第一に考える者であれば、著者らの行動に異論はないだろう。にもかかわらず、犯罪のハードルが特捜に操作され、特捜は国民の視点で判断する。国民の視点とは、端的にいうとワイドショーの視点だ。つまりマスコミの情報操作に基づくマジョリティ。少なからず危うさを感じる。『国家の罠』

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